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◇活動報告はこちらに掲載しています。◇

長岡市内に8ヵ所ある山古志村避難施設のひとつである長岡高校を訪れ、村役場職員の指示にしたがって支援活動を行いました。写真のテントは自衛隊のテント。ここで食事をつくり、ボランティアスタッフが食事の配膳を行います。

長岡高校小体育館内避難施設の全景。人口約2,200人の山古志村には14の集落があり、その中の4つの集落(竹沢・梶金・小松倉・小籠)の方々がここで避難生活を送っています。

廊下に積まれたさまざまな支援物資。食糧や飲料などは豊富にあり、不足すれば山古志村災害対策本部へ要望する。こうした物資をチェックし補充することも仕事のひとつ。

民主党と連合が連携して、TJS市民ネット(中越地震災害支援市民ネットワーク)を立ち上げ、山古志村役場職員の指示の下で避難施設における支援活動を行ってます。

食事をつくる自衛隊員のみなさん。屋外は気温が低く、この時期の中越は寒い。時雨まじりの中での屋外作業は大変なものです。

食事が終了すると休む間もなく次の食事の準備にとりかかる。自衛隊のみなさん、寒い中、本当にご苦労様です。

活動初日(11月28)の昼食メニューを撮影。164人分の食事の配膳も仕事のひとつ。食事が全員に行き渡った後、私たちスタッフも食事をとる。美味しいので食べ過ぎてしまい、少々太ったかもしれません・・・。

被災者のみなさんの創意工夫によってダンボール等で分別ボックスをつくり、ごみを分別廃棄している。食事後はごみの山となりその処理に追われる。災害時の廃棄物処理も大きな課題のひとつです。

避難施設生活での大変な作業のひとつが洗濯。この時期、中越の気候は曇りや雨が多い。当該避難施設では乾燥機を使用。ただし4台しかないため、夜中に洗濯をしている被災者の方々も見かけました。

当避難施設には電話2台とFAX兼用コピー機が一台、またノートパソコンが2台設置されていました。インターネットを通して故郷の山古志村の状況や仮設住宅の整備状況などについて情報収集していました。

避難施設である体育館内の壁は情報を提供する掲示板のようになっている。山古志村被災者の仮設住宅への入居希望者は650世帯。山古志村でも高齢化が進んでおり、1〜2人の高齢者世帯が多いのも特徴。仮設住宅での高齢者世帯への支援のあり方も新たな課題として想定されます。

新潟県出身の落語家による慰問活動。芸人のほか、さまざまな分野で活動しているNPO等の市民活動団体、大学や警察などの公的機関も避難施設を訪れ、支援活動を行っています。

2階にはダンボール製の「子どもの家」がある。ここは子どもたちが読書をしたり、ゲームをするなど、子どもの遊び場となっている。長期間の避難施設生活はストレスが多い。とりわけ子どもや高齢者の心のケアが重要な支援活動のひとつとなっています。また保健士の方が健康相談に従事。

2階のスタッフが休息する場。3日間の支援活動は当該避難施設での泊り込み体制。寝袋での就寝を覚悟していましたが、毛布・布団も余分にあり使わせていただきました。夜間はセキュリティ上、交代で事務局に詰め、見守りを行いました。

信濃川妙見堰近くに自衛隊の災害支援キャンプがある。写真は、自衛隊のヘリコプターが物資を輸送している様子。

妙見堰近くから眺めた崖崩れの様子。対岸の山古志村方面に向かう道路は、完全に寸断されている。